健全な精神は健全な身体に宿る?って言われますよね?みなさん一度は聞いたことあると思いますがどうでしょう?健全な精神だからこそ、健全な身体でいられるんじゃないの?と思ってみたり、とか。 というのも、人って意識するかしないかで大きく行動が違ってくると良く言われますよね? 何か意識すると、それに関連するモノやコトに自然と意識がフォーカスされます。 あぁ〜お腹空いたなぁ〜と思うと、急においしそうな匂いがする!とか 飲食店にやたらと目が向くとかあると思うんですよね。 ラ〜メンの看板が気になったりと(笑 痩せたいなぁ〜と思うと、ダイエット系の広告にやたらと目が行ったりしませんか? なので意識することって大事だと思ってて、更にそれを紙に書いて毎日眺めるべし! さすれば願い事は立ちどころに実現する!なんてことをセミナーなんかで言ってたりする? ようです。 意識するだけでいいなら、健全でなくてもいいんじゃない?って思いますよね? 不健全な精神でも意識はできると思うので。 ってことで、そもそも本来はどういった意味なんだろうか?とググってみたところ 古代ローマの詩人、デキムス・ユリウス・ユウェナリスの著書「風刺詩集」なるものに 登場した一説らしく「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」と書かれているそうです。 「現実はそのようなことはないが、そうあって欲しいものである」 といった願いを表現した一説らしいのです。 人って色々過ちを犯しますよね。 このユウェリナスって方は弁護士で、大罪等の事件も数多く扱っていたらしく そういったことが起きる現実を嘆き、憂い 「健全な肉体を活かすべきは、健全な精神を具現するための行為ではないか?」 と、世の中に問いかけたとか、なんとか。 まさかこのような原点があるとは全く思っていませんでした。 ってことで、 善い行いを致しましょう! 一日一善! 一日一コンサル!? |